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時間のプレゼント、お気に入りのクラフトビール。

 

 

何気ないプレゼントをもらった話

人は出逢いと別れの中で、「仲間」や「友人」をつくる。

私もいくらか出逢いや別れを経験してきたものだが、やはり別れは慣れない。

学生の頃は、別れのたびに涙したりしたものだが、大人になった今、私はある意味事務的な作業と同じように別れを受け入れる。

転職という別れがその例にふさわしいのだが、特に入れ替わりの激しい場だと別れが必然的に多くなり、結果的に事務的になってしまう。

新たな環境に身を置く同僚に向けて「がんばれ」という言葉はあまりにも無責任なような気がして、「応援してるよ」だなんて受け取る側はなんて返したら正解なのかわからない言葉を私は多用してしまう。



かくいう私も送り出される側を経験した。その時の気持ちは今でも鮮明に覚えていて、失礼ながら受け取った言葉はあまり覚えていない。

多分きっと、「ありがとう」と「お疲れ様」、それから「頑張ってね」と「応援してるよ」などだろう。

だけど、その場でもらった花束や色紙などのプレゼントのことは覚えている。

私が好きなピンク色がふんだんに使われた花や後輩からの言葉たちはいまでも写真やそのものを見返す程、私の背中を押してくれる。

そういう予想だにしないプレゼントは、ただただ心が温まり嬉しいものだ。

プレゼントをあげたい相手

そもそもプレゼントをあげるという行為は結構ハードルが低いように見えて、実は高い。

プレゼントを贈るということに対しては特段抵抗感はないのに、その人を考える時間だとか、好みを調べる時間だとか。

そういった 気持ち のハードルが上がってしまうのは、結局のところ自己満足に近いものかもしれないが、好きな人、好意を持っている人、はたまた、自分のことを好きになってほしい人へのプレゼントに気持ちのハードルが上がってしまうのは人間の心理かもしれない。



私が考えるプレゼントの定義

素敵なものに出逢えたとき、おいしいご飯を食べたとき、

私は誰かを思い浮かべて時間やものを共有したいと思う。

プレゼントって何だろう。考えれば考えるほど難しい人生の課題のようなものだが、

私が考えるプレゼントは、 贈る人を考える時間 だ。

その人の顔を思い浮かべ、手に取る姿を想像し、その人のために使う時間こそが最高のプレゼントになるのだと思う。



社会人になって、いや、コロナ禍になってよりその気持ちが大きくなったといっても過言ではない。

特にコロナ禍になった最初のほうは多分みんな寂しさに包まれていた。私もそのひとりで、なんとなく憂鬱な気分になりかけてしまったから、ずっと食べたかったお取り寄せグルメを注文した。やっぱり、どうしてもひとりで食べたくなくて、遠方にいる母に贈ったというエピソードが懐かしい。

美味しいもの、美味しかったもの、一緒に食べて感想を言い合うというのはプレゼントを通しての挨拶のようなもので、プレゼントを贈ることで会話のきっかけや、その人との関係性を深めるコミュニケーションツールの役割も担っているのだろう。

それが私のプレゼントを贈るという定義につながっている。


クラフトビールとの出逢い

ひとり暮らしは長いほうではあるが、始めた頃よりずっと、どこか人と時間を共有したいという欲が、ムクムクと顔を出す。

そんなときに、友人とのオンライン飲みがぽつぽつと開催されるようになった。

今でこそ当たり前だし、なんとも思わないがそのときは「大勢で楽しく飲む」という機会がめっきり減ってしまったために開催されていた。大学時代によく飲んでいたチューハイなどを買い込み、ほぼ毎週のように誰かと時間を共有した。

そんな中で言われたのだ。「ねえ、そういえばなんのお酒が好きなの?」



考えてみれば好きなお酒という定義は難しい。本来酒に弱いタチでもなく人並みにはいけるため「まずくない」という選択肢で選ぶことが多かったからだ。社会人がよくやる「とりあえず生で」みたいなことはビールを最後まで美味しく飲み切れる自信がないのでやったことがない。味が想像しやすいチューハイや果実酒をどうしても好んで飲んでしまう。それに、お酒を飲むことではなく飲み会の雰囲気が好きで参加していたという経緯もある。そう考えると私は 好きなお酒 を深く考えたことがなかったのだ。



「最近、ビールが美味しくてさ」

友人がそう言った。あれは多分寒さが残る夏の時期で、私より半年程早い誕生日を祝ったときだっただろうか。言われた瞬間は

「へぇ。でも飲みにくいし、私にはまだ早いかな」

なんて興味のなさそうな返事をしたが、私の知らないうちに大人になっているようで、なんだか置いて行かれた気分になって、正直、その魅力がわかる彼女が心底羨ましかった。

羨ましさに心が蝕まれて、いつも通り笑って話をそらしたが後日ほんの少し勇気を持って聞いてみた。

「なんで、ビールの美味しさに気づいたの?」

「んー、なんか普通に飲んでみたら美味しかったんだよね。」

なるほど。思ったよりざっくりした回答だった。そこからさらに追及するタイミングはなかったが、要するに夏の暑い季節に飲むとスカッとするようなものなのだろう。ただ、続けて彼女はこう答えた。

「飲みにくいって思うなら、ビアカクテルとかクラフトビールとかそういうのでもいいかもね。私も最初ビアカクテルから飲んだんだ。」

そこが私のクラフトビールを認識した最初の一歩だった。

最初にクラフトビールを飲んだとき

クラフトビールという名前をきいてから少し経って、たまたま向かったレストランでクラフトビールを飲めるチャンスが訪れた。

あの時に勧められたからにはクラフトビールに挑戦してみないとという気持ちが現れる。先日までクラフトビールというものの存在を知らなかったのに人間って不思議なものだ。

注文して待っている間のドキドキやクラフトビールが目の前に置かれたときのワクワク感は、初めてのチャレンジだからだろうか。期待に胸を膨らませて飲んだクラフトビールは、ただただ美味しかった。種類は生憎忘れてしまったが、フルーティーで苦みが少なく最後まで美味しくいただけた感動は忘れずにいる。

しかしながら私はそれ以降、飲む機会を失った。友人・知人と会う機会の激減やレストランでの試飲ができない世の中になってしまったからだ。



あれから何度かクラフトビールの味を思い出し、飲みたくなり、探してみた。だけど、クラフトビールの味を探したくてもこのご時世で試飲はしづらいし、どれだけネットで情報をかき集めたところで、味はGoogleですら検索できない。

そんな風に考えていたときに、このKotiビールを紹介してもらったのだ。

Kotiビールは、岡山の自然の中で天然酵母を使って造るシンプルなクラフトビールだ。

フルーティーで豊富な味わいは心を落ち着かせて、ゆっくりとしたひと時を楽しむことができる。キンキンに冷やさず、ワインを飲むときと同じくらいの温度に冷やすことで、Kotiのクラフトビールをより一層楽しむことができる。



しかも、内容量も375mlと飲み切りやすいのも魅力で、ボトルデザインも繊細で手に取りやすい。これは、贈り物としても最適なのではないか。初めて見たとき、すごく胸が踊り、半ば無意識に贈る相手を想像していた。

しかしながら、手に入れるのが非常に困難で、検索していただくとわかる通り一部の店舗やオンラインストアでのみ手に入るという形だ。

前述の通り、私は美味しかったものや食べたいものは他の誰かと共有したい。

そのため、プレゼントするならなにか付加価値をつけてあげたい。

だからこそ、このKotiのクラフトビールとgraf lantzのコラボレーションは個人的に楽しむのはもちろん、プレゼントとしてもすごくおすすめしたいアイテムだ。

クラフトビールをプレゼントしたいんだ


やはり私は、これからも何気ない日に知人や友人に自分がもらって嬉しい、お気に入りのものをプレゼントしよう。

使い勝手のいい風呂敷に包んで、身だしなみにコースターを入れ、お気に入りのクラフトビールを引っ提げて。

そんなお気に入りたちを何気なくプレゼントして、素敵なひとときを共有したい。