自然に寄り添うビール
岡山に醸造所を構え、自然酵母を使った個性溢れるビール作りを行っている『koti brewery(コチブルワリー)』
おいしさの秘密を探りに代表の妹尾悠平さんに会いに岡山の醸造所へお邪魔してきました。
聞き手:graf lantz 山野
:本日はよろしくお願いいたします。
妹尾:妹尾と申します。よろしくお願いいたします。
:メールでは何度かやりとりさせていただいていましたが、ずっとお会いしたくて本当に恋でもしているのではないかというくらいの感じでした。
妹尾:本当ですよね。
:妹尾さんのビールとの出会いは、東京にスパイスカフェというレストランがあるんですけど、そこでペアリングの選択肢のひとつとして出てきたのがきっかけでした。 その時は片方が国産のワインでもう片方が妹尾さんのビールだったんですね。 正直、ワインとビールから選ぶの?と思いました。 ワインと並んで出されるビールって一体どんな味なのだろうと思いまして迷わず妹尾さんのビールを選びました。 飲んでみたら『これは美味しい!』と感動しまして。なんかビールの概念を覆されたというか。 それ以来ずっと妹尾さんのビールをメインに何か面白いことができないかと考えていました。 私たちはドイツ産のメリノウールという、上質なウールや植物由来の染料で染めた革を使ったテーブルウェアやバッグを作っています。 当然ウールなので地球に還る性質のものなのですが、妹尾さんのビールも自然からインスパイアを受けているというか、空気中の酵母を採取して発酵させているというところがすごく面白いなと思っていて。 最近は人と話すたびに妹尾さんのビールについて熱っぽく話しているんですけど、勝手ながらイチ営業マンのように振る舞っています。(笑い)
妹尾:ありがとうございます。それが一番うれしいです。 僕が直接言うよりも、代弁者というか他の人が言ってくださるほうが説得力もあるし、意味があると思います。
酵母が繋いでくれた縁
妹尾:この施設は元々味噌の製造工場で、昔、地元の方々が集まって、味噌を作られていた場所なんです。 当時は県内のいたるところで作られていたと思うのですが、いまではもうほとんど無くなってしまったみたいで。 そんなときに紹介してもらったのがこの物件でした。
:この辺りは揃えられたんですか?
妹尾:そうです。このあたりは全部自分で揃えました。 これはアメリカのホームブリューの家庭用の大きいタイプです。
:一番大きいものを仕入れたんですね。
妹尾:やっぱりアメリカ人はこのぐらいを家で飲むんですよ。すごいです。
:アメリカでは家庭でビールを造っても問題ないんですよね。 (日本では酒類製造免許を持っていないと作れません。)
妹尾:はい、大丈夫です。 自分で造ったビールを友達に飲ませたりして、そこで反応が良いと、自分で事業を始めるというケースが多いようです。
:だからアメリカではマイクロブルワリーがたくさん誕生しているんですね。
妹尾:そうすることで地元に根差したビール造りが可能になります。 自分の身の回りから始められるっていうところが面白い。
:ビールを造られる際になにか完成形のイメージはあったんですか。この味を目指すというような。
妹尾:ざっくりですがありました。 空気中にある自然の酵母を使って環境に負荷をかけないものを造りたいという気持ちがあったのと、瓶のラベルに関してもイメージがありました。
:瓶のデザインはどうされたんですか?
妹尾:岡山を拠点に活動されているデザイナーの方へ、イメージをお伝えして作っていただきました。
:これすごく綺麗なデザインですよね。描かれているのは太陽と、麦と…?
妹尾:自然と調和しながら新しいものをつくるというkoti breweryの原点を表しています。 麦やホップ、ハーブ、そして月などの土地の恵みと、kotiから新しい世界に風が吹き窓が開いていくというイメージです。
:なるほどそういう意味なんですね。 とてもかわいいデザインです。
妹尾:僕も全然知らないお店に行った時に、うちの瓶を花瓶として使っていただいていたことがあって、何かとても嬉しかったりして(笑い)
ビール作りを始めたきっかけ
妹尾:そもそも僕がビールを始めたきっかけは、ビールがやりたかったというよりも、発酵にすごい興味があったんです。 大学院にいた時は日本酒が好きで麹菌の研究をしていました。卒業して岡山の酒蔵に勤めるようになったんですけど、そこでは地ビールも造っていました。 僕は最初はビール造りのチームに配属になったんです。正直やりたかった日本酒ではなかったんですけどやるからにはちゃんと自分で勉強をしなければと思いました。 ちょうど結婚したタイミングだったので新婚旅行でベルギーに行ったんですけど、そこで飲んだビールがあまりに美味しくてびっくりしたんです。 自然発酵のビールで、酵母を人為的に添加せずに昔からある製造方法で造っている。『こういう造り方もあっていいんだなぁ』と感動しました。 その後、もっと詳しく知りたいと思って改めてベルギーに行って、醸造所をたくさん見て回りました。 その時にある地方の小学校の校長先生が週末だけ造っている醸造所があって、そこが昔からある納屋のような雰囲気の場所でした。 そこで飲んだビールが本当においしかったんです。 もちろん教科書に載っているメソッドは安定的にたくさん造るためには最適だけれど僕は少し違うものが造りたいなと思いました。
:なるほど
妹尾:均一的な製品を沢山つくるという目的を捨てれば、いま自分がやっているみたいに、いろんな挑戦ができるし、可能性も広がるのかなと思いました。 いま造っているものの裏付けというか、そこに飛び込むことを後押ししてくれたのは、醤油とか味噌とか自分が好きな昔ながらの物と、昔からやっている製法でした。 原料もシンプルで美味しい。 それでやってみようと決心しました。でも実際にビール造りに取り掛かるのに8年くらいかかりましたね。
:そんなにかかったんですね。
妹尾:そうですね、結婚したり子供が出来たりとタイミングがいろいろ重なって、ちょっとずつ準備してやっと完成しました。
:お子さんを抱えながらの挑戦に不安はありませんでしたか?
妹尾:不安はありました。でもよくわからない自信というか。これで失敗したらしょうがないかなっていうくらいの心意気でしたね。
:やっぱり根拠のない自信というか。そういう姿勢って大事かもしれないですね。
妹尾:少なくとも間違ったことはしてないなっていう思いはあって。
:なるほど。 造り始めてからはどのようにお客様に知っていただけるようになったのですか?
妹尾:人と人とのつながりを通じてというところが多かったです。特にSNSなどで自然派ワインを好きな方が興味を持ってくれたことが大きかったと思います。友達の店で飲んでおいしいよとか、そういう口コミがじわりじわりと拡がっていってくれた感じです。
:そういう形で拡がっていったんですね。私は「これがビールです」という定番のものしか触れてこなかったので、初めて飲んだ時の衝撃が忘れられません。 私の妻もまったくビールが飲めない人なんですけど、妹尾さんのビールはおいしいおいしいと飲むんですよね。だから完全なおせっかいですけど、余計に人に勧めたい気持ちが強くて。 コースターもお酒もテーブルの上で物語を紡いでいくひとつのピースなので、全く関係ないものとは思っていません。 今回はコチブルワリーとのマリアージュという企画ですが、このビールと合わせるものが可能性としていっぱいあるなと考えていて。 そこでより楽しんでいただくためにもう一品、合わせたいと思っているんです。 それが本日お持ちしたお味噌です。召し上がっていただいて感想をいただければなと。
:お味噌とビールですか!?
:京都に蔵代味噌さんという日本全国の味噌を扱っているお店があるんですけどそこで「辛味もしくは苦味があるものを」とお願いして探してもらったお味噌がこちらです。 熟成に2年をかけた名古屋の八丁味噌でしてコクがあり深みのある味わいが特徴です。 はじめにお味噌を少量、舌の上に載せていただいて。 。 。 じんわりと口中に苦味が広がりますよね。 そこでビールで軽く流し込んでみてください。味噌の苦味と本当にマッチします。 一通り楽しんでいただいたあとに、みなさんにお野菜をご準備いただいて。 例えばフキノトウの素揚げとか、表面をこんがり焼いた白ネギなどもいいですね。葉唐辛子やからし水菜などお好みで。
妹尾:お野菜は自分で準備するのですね。
:そうです。ひと手間をかけていただいて完成する体験をご提供したいなと考えました。
妹尾:すごい良いと思います。 ずっとお味噌とビールだけではなくちょっとした変化で野菜を付けて。 僕も野菜が好きなので、フキノトウとかのてんぷらと合いそうですね。
:絶対合うと思います。
妹尾:コチビールは苦味が少ない分、補う形で苦味があるものと合わせるのをお勧めしているので、いいなと思います。
:このお味噌にたどり着くまでにどれが一番合うかなと試行錯誤していて。koti breweryのことを美味しく飲んで欲しいので少し工夫をしたいんです。 私たちの手元を離れても伝えたいことを思い描いていた感じで伝わるように。お味噌もたくさんは送れないので、蔵代味噌さんに頼んで、小さな真空パックに入れて小分けにしてもらうようお願いしてみようって。
妹尾:コチビールは苦味を極力減らしています。普通のビールよりもホップが1/4くらいの量なので。 でも本当に面白いですね。ビールに味噌を合わせようというセンスが面白い。
:このお味噌は特に独特の苦みがふわっと広がるので、妹尾さんのビールと組み合わせると良く合うなと感動しました。こういう合わせ方もいけますよって、妹尾さんにお伝えしないといけないなって思ったので今日は駆けつけました。(笑い) お客様に提供した後は我々に介入する余地はないので。もちろんお客様の自由なんですけど、少しでもご提案出来たらいいなって思います。
2021.7.15