空気中の酵母を使ったビール造り

:空気中の酵母からビールを造るというのは具体的にどのような仕組みなのですか?

妹尾:麦汁の入った容器をフタを開けたまましばらく置いておくと、運が良ければ空気中の酵母が入りこんできます。自然酵母で発酵させると一般的なイーストを使った方法に比べて4倍ほどビールが出来上がるまでに時間がかかってしまうのですが、それも必要な時間だと考えています。 ビールが苦手な方でも好きになってくれたり、「美味しい」と思っていただけているのは、ちゃんと発酵させたことであって僕が何か特別なことをしているということではないんです。

:なんでおいしくなるか分からないんですよね。

妹尾:自然に寄り添う気持ちが大事だと思います。むりやり早く発酵させたりしないようにしたり、流れに身を任せるというか。 自分のコンセプトは、『道から外れないこと。』そして『こうなったから、こうする。』であって、『こうしたいから、こうする。』ではないということです。

:なるほど、自然の流れに身を任せることが大事なのですね。

妹尾:醸造所を立ち上げてからずっと自然酵母でビール造りをしているのですが、はじめた頃は発酵が終わるのがだいたい2週間くらいだと思っていました。でも2週間経っても、目標の比重まで下がらない。酵母が糖を食べることで下がっていくのですが、ほとんど下がっていかなかったんですよね。「なんで下がらないんだろう」と悩みました。もしかしたら発酵が止まってしまったのではないかと思ったりして瓶詰めをすることもありました。そうすると上手くいくこともあるけれど、炭酸が強くなり過ぎたり、味にもバラつきがあったりして。全く原因がわからなかった。そんな時に、知り合いの紹介で、日本酒の酒蔵さんに行く機会がありました。 その酒蔵さんは「生酛(きもと)造り」という昔ながらの伝統的な製法で酒造りをされていて、自然の力を活用した酒造りといえます。 そこの杜氏さんの仕事を見学させてもらった時に、その杜氏さんは1つ1つのタンクの発酵状態を五感でみているんですよ。

:五感でみてる?

妹尾:データや時間などの数字だけではなく、今このロットはどういう状態なのか。泡の状態とかをすごくよく見ていて、「あ、これだな」って状態を把握しています。僕は今まではどうしても数値に頼るところがあったんですけど、そうではなく1個1個のビールをしっかり見てあげようと思いました。タンクから透明なチューブが一つ出ているんですけど、ここで発酵の状態を特に見るようになりました。

:ここだけで判断するんですね。すごいな。

妹尾:今はこの泡の状態を見て、泡の粒の大きさとかそういうのを見て、タイミングを見極められるようになってからは大分安定するようになりました。

:面白いですね、いわゆる経験と勘であると。

妹尾:そうですね。実際飲んで味のチェックと泡の立ち方を確認します。 これは答え合わせに近い。 今の数字と自分が感じたのがどれくらいあってるかなって。それが優先ですね。だからその分、回転が遅くなって。例えば2週間で瓶詰めしていたものが、倍くらい違ってくる。でもまあしょうがないなって。

:遠回りなようであって、でも実は正当な道なのかもしれない。

妹尾:かもしれないですね。

:中に酵母がいて糖を食べている。 なんかかわいらしい。せっせと食べてる感じが。

:かわいいですよね。

:これって想像力が大事ですよね。

妹尾:想像力ですか?

:目に見えない酵母があって、それを信じて任せているわけじゃないですか。

妹尾:発酵は神秘的だと思います。発酵が始まってしまうと温度管理などは出来ても基本的には人間の手を離れてしまう。人がコントロール出来ないものを無理矢理コントロールしようとするとどうしても齟齬が生じる。結果として、寄り添う気持ちを大切にしています。

:子育てに近いのですかね。僕らがこっちこっちって思ってもそうはならない。それよりもその子に任せた方が可能性が広がる。

妹尾:そうですね、子育てに似てるなって思います。そういう感じで見守っていると結果的に、ある程度の範囲におさまるっていうか、ピッタリではないですけど。

:姿勢は一緒ですよね、熱量の違いで妹尾さんの造っているものが伝わる量も範囲も変わるのだと思います。

妹尾:始めてから4年目になるんですけど、結果は後からついてくるのではないかと思っています。僕がどう考えていたのかが分かる。そこが大きいと思っています。ここがズレると味もズレるし、僕が色々勉強して感じたことは、とにかく余計なことを減らしていこうと思っています。

:それまではたくさん試行錯誤されていたんですね?

妹尾:そうですね。例えば濾過した麦汁を煮沸したものを普通は熱交換器などで急冷するんですけど。100℃の液体を一気に20℃まで冷やすと負荷がかかるかなってあるとき疑問に思って。 であれば自然に任せて一晩かけてゆっくり冷やしていく方法に変えてみようとか。それで何かが変わるわけではないかも知れませんが、「これは何のためにするのか」を考えながら仕事をしています。

:流れ作業でなくて、考えて行動する。

妹尾:それが大事だと思います。

:100℃くらいの温度を急激に下げられるってストレスを感じるだろうという発想というか、その想像力にハッとさせられました。水にも意思があるだろうという前提がなかなか思いつきません。

妹尾:そうですか?

:造るものに想像力の差が出るんじゃないでしょうか。どうしても流れ作業になってしまいがちだし、ものをものとしてしか見なくなっちゃう感覚になってしまうんだと思います。

妹尾:僕もそうですよ。ただ一人でやっているので、これなんでやっているんだろうな、とかビール造りをしながら考え込むことがあります。

:以前に、広島にあるサボテンを扱う植物屋さんの展示会が京都で行われていて観に行ったんですけど、彼が扱うサボテンの中に、普通によくある柱サボテンの上に突然変異したサボテンを接ぎ木している植物があります。サボテンの世界ではよくある手法なんですけど。 これは下の柱サボテンが、上に接ぎ木したサボテンに栄養を送るための仕組みなんですが、それぞれに相性があるみたいで、仲が悪いと「私の人生だよ、私が育つんだよ」という感じに下の柱サボテンが栄養を送らず、自ら枝を出そうとする。でも仲が良いとせっせと栄養を送る。それが見た目ですごくわかるんです。 上に載せたサボテンの方が価値があって、接ぎ木をすることで早く生長するのですが、上に載せたサボテンに栄養を集中させたいから、人間が生えてきたその枝を切ってしまう。「いいから仲よくしろよ」ってむりやり。 また、サボテンは冬場は寝ているらしくて、暖かい季節になると目を覚ましだします。展示会の時期は3月頃だったので展示されていたサボテンたちはみんなまだ寝ていたんですよ。なんかそう聞くと愛おしくなるっていうか。 冬場の厳しい環境の為にそうしていると思うんですけど、これらのエピソードを聞いた時に彼らにも意思があるんだと感じて。彼らは彼らの意思があって、生きようとしている。それに感動しました。 ちなみにその広島の植物屋さんは『彼らの人生だから』と、生えてきた枝を切らずに、サボテンが生きやすい環境を作るようにしてあげています。 妹尾さんのお話を聞いていて共通する部分が見えたので面白いなって思いました。

妹尾:いろんな部分で共通しているんですよね。

:どうしても自分が主体になりがちで、彼らにも当然主体があるはずなのに意識しなくなっちゃってる。それって私たちの感受性が弱くなってきている証拠なんじゃないかって恐怖を覚えましたね。だから妹尾さんの話を多くの方に聞いて欲しいと思います。

取材を終えて

滞在先の京都から妹尾さんの醸造所まで3時間の道のりでしたが、取材ができて本当に良かったと思います。 私たちの社会は目に見えないことを排除することと引き換えに、安全と安心を手に入れて来たのかも知れません。 小さい声に耳を傾けること。 そこに賭けた情熱の結果が妹尾さんのこのビールであり、私たちを感動させてくれる要因であると感じました。 「古の知恵を借りながら切り拓いていく」というkoti breweryの考え方に共感したことにより生まれた今回のコラボレーション。 シンプルで自然であり、そこから新しいものを作り出していくという、わたしたちグラフランツの考え方と深く通ずるところがありました。 ぜひ、このコラボレーションを多くの皆様にお楽しみいただけたら幸いです。

2021.7.16